ヤマハNo.50の謎に迫る

謎のギター ヤマハNo.50製作時期についての推論

1.No.50購入の動機と謎

数年前に、型番No.50というヤマハの古いギターを購入した。
当時、ボディが小ぶりなので「19世紀」的ギターに感心があったことや、製作年が古いので材の乾きが期待できること、またシリアル1958とあるので、1958年製つまり1957年生まれの私の歳と極めて近いこと(同じ年に生まれたギターを持っていたいという気持ち)が主な理由だった。

そこで1958年頃に作られたヤマハのギターを調べてみたが、この型のものは見当たらず「ダイナミックギター」という1951年に発明出願公告された特殊なブレイシング(骨組み?)を持つギターが主流の時代であることがわかった。

当時の古いヤマハギターのカタログを見てみると、ダイナミックギター・同じ形状のガットギター・ウクレレの写真などがあるが、No.50型のギターは販売されていなかったのである。

2.ヤマハの資料について

このギターは、ペグのリペアのため一度「ヤマハ」に修理に出したことがある。部品がなく「修理不能」ということでそのまま帰ってきた。その際「どこの工場でいつごろ製作されたのか」という手紙も添えたが「不明」ということであった。

つまりヤマハにも、資料が残っていない。

3.ようやく見つかった同機種の存在

いろいろと調べていくうちに、このギターと同じ型を持つギターを一台発見した。ヤマハダイナミックギターがメインの「ぎたー‘ズ」サイトである。豊富なダイナミックギターの報告例がある魅力的なサイトであるが、No.50と同型のギターNo.30が一例報告されていたのである。

しかし、200以上のダイナミックギターの報告例の中に一台というのもおかしな話である。(もう一台同じラベルを持つクラシックタイプのギターがあった、ラベルが同じのものはNo.50と合わせて3台ということになる)

このことからNo.50は・・・

  • ① 製作年がダイナミックギターと違う可能性があること→残っている同型のギターが少なくなっていることから、それよりも古い時代のものである可能性があること
  • ② 製作年数が短い可能性があること→結果製作数が少ないという可能性のあること
    などが考えられる。

4.シリアル1958の謎について

同型のたった一台のNo.30はシリアルNoが報告されている。4桁10xx番台である。このことから推測すると1958は年号を表すものではなくシリアルである可能性が高い。(ダイナミックギターにしても、1958年頃には5桁のシリアルを使用している)

「1958」という年号と勘違いしやすいシリアルなのであって、製作年ではないと思われる。

また、シリアルNoの付け方にもいろいろあるので参考にはならないかもしれないが、No.50製作までには最低1000台余りは製造されていたと想像できる。

5.No.50の構造について

写真にあるようにNo.50のブレイシングは、横3本のノンスキャロップドブレイシングである。ウクレレやかなり古いギターに使われていた単純な構造である。
一方、ダイナミックギターは発明出願公告された特殊なブレイシングを採用し、1967年まで販売されている。年を重ねて1966年にはFGシリーズが発売される、FGシリーズはXブレイシングを採用している。

製品の改良・改善という観点から言えば、No.50型ブレイシング→ダイナミックブレイシング→Xブレイシング という発展過程が普通と考えられる。

6.製作年の可能性の推測

Wikipediaによれば

ヤマハの源流は1888年(明治21年)に山葉寅楠が浜松で日本最初の本格的オルガンの製造に成功したことに始まる。
〈中略〉
1935年(昭和10年)にはヤマハ初の電気楽器「マグナオルガン」を製作、1937年(昭和12年)に管楽器製造をしていた日本管楽器株式会社(ニッカン)の経営を援助し、嘉市が監査役となるなど実質的にグループ化、総合楽器製造企業へ成長しつつあった。Wikipediaより

とある。よって、この間に製作されていた可能性もないことはないが・・・

ヤマハサイトにはギター製作を始めたのは1940年代とあるので、これを信じればNo.50は1940年以降に作られたということになる。

1940年以降の戦時中の楽器製作事情は以下の通りである。

1938年(昭和13年)には陸軍管理下の軍需工場となり、金属プロペラの生産を行い大工場になる。1944年(昭和19年)11月には楽器類の生産は完全休止、1945年7月にはイギリスの戦艦キング・ジョージ5世の艦砲射撃で浜松の工場が全壊するなどの被害を受け終戦を迎えた。〈中略〉
(しかし・・・)
終戦後わずか2か月後の1945年(昭和20年)10月にはハーモニカ、シロフォンの製造を再開、1947年(昭和22年)4月にはピアノ製造の再開を果たした。1949年(昭和24年)5月に東京証券取引所第1部に上場。Wikipediaより

1944年11月~1945年10月の間は楽器製作はされていないので、この間の製作は除外できる。1945年~47年の再開時にも、ギター製作の記載がないところをみると除外してもかまわないと思われる。

ここまでで可能性の残っているのは1940年~44年11月・1947年以降ということになる。

7.ラベルからの絞込み

次にラベルから年代の絞込みをしてみる。
ラベルには「HAMAMATSU JAPAN」とある。
戦後1947年~52年の間の様々な日本製品には「Made in Occupied Japan」の表記が義務付けられていたので、その間の製品ではないことがわかる。

つまり、1947年~1952年までの製作の可能性はないことになる。

No.50は1940年~44年11月か1953年以降~に作られたと考えられるのである。

但し、この間に「Made in Occupied Japan」と表記された同型のギターが製作されていた可能性は高く、きっとどこかにその痕跡はあるはずである。

8.製品の移行について

先にも書いたがダイナミックギターは1967年までの販売、年が重なってFGシリーズが1966年に発売されている。製品の重なりは1年である。

実験時期ともいえるし、在庫放出期間ということもあるだろう。

仮にNo.50型が1950年まで製造されていたとすると、どれぐらいの重なりがあっただろうか?

ダイナミックギターは発明出願までしたヤマハの自信作である。また、大量生産ということも考えると2年程度と考えるのが妥当と思われる。

つまり、私の所有しているNo.50は1953年以降に製作されたという可能性は極めて薄い。

9.ダイナミックギターとの関連から・・・

No.50とダイナミックギターの関連する部品がある。それは「ペグ」である。

先にあげた、ヤマハダイナミックギターがメインの「ぎたー‘ズ」さんのサイトの豊富な資料には、「ペグ」の形状がと記載されている。「マル」「角丸」「丸四角」などで分類されている。

面白いことに、前期1958年ごろまでの「ペグ」の形状は圧倒的に「丸」が多い、それから徐々に「角」「角丸」に移行している。この「丸」というのは多分No.50に付けられていたものと同型のものであろうと思われるのである。

つまり、それまで生産していたNo.50型式の部品を「ダイナミックギター」に最初は使用・流用していたと考えられるのである。

10.仮説

以上のことから、No.50は1940年~44年11月の可能性が最も高く、ヤマハギターの最初のモデルであるという、私の推論・仮説である。

記録がないのは砲撃によって資料が消失したのだろうと想像できる。

しかしNo.50は乾いた素晴らしい音を今も聞かせてくれる。その音は素性を語りはしないが、戦争という時代をくぐり抜けた半世紀以上前の人々と私の心をつないでくれる。音を楽しむという人間の心に変わりはない。